まちの歴史(昭和46~48)

昭和46(1971年)

1・1 新年交礼会にサールフェルデン市(オーストリア)から、日墺スキー学校長ワルター・ニダー・ライター来町出席する。
4・16 小林栄三郎の胸像除幕式を挙行。
4・18 第4回チセヌプリ大回転競技大会。
7・15 第1回婦人スポーツ大会を開催。
8・15 従来1月に行っていた成人式をこの日挙行(男子74人、女子161人)。
8 上野繁『目名町郷土史』発刊。
9・9 倶知安町で行われたNHK「ふるさとの歌まつり」に大南部神楽が出場、30日全国に放映される。
9・23 第3回定例町議会において、工業開発条例の設定が可決。
9・30 蘭越地区生活学校主体メンバー研究会を公民館で開催。
10・21 オーストリア・オリンピック委員会事務総長イドガル・フリード、同副会長兼オーストリア・スキー連盟会長カール・ハインツ・クリー博士ら来町、チセヌプリスキー場を視察。
10 御成地区生活改善センター、昆布地区生活改善センター完成。
11・7 堂垣内知事、御成地区を視察。
11 蘭越小学校東側に「愛の鐘」設置される。
12・6 日本赤十字社より蘭越町に大型救急車配備される。
12・11 蘭越町開拓農協解散。
12 港町にへき地保健福祉館落成。

この年
◇毎日新聞社、新生活運動協会、日本花いっぱい協会などの主催する第8回の全日本を花でうめる「小中学校」花だんコンクールで、目名小学校が全道ベスト10に選ばれる。
◇水田の生産調整654ヘクタール。

昭和47(1972年)

1・26 第11回冬季オリンピック札幌大会の聖火リレー隊蘭越町を通過。この大会に競技役員として本町から9名が参加。
2・2 オーストリア・サールフェルデン市のピッヒラー市長ほか3名を迎え、公民館において日本文による姉妹都市締結の署名調印式を行う。この席で、姉妹都市締結に功労のあったワルター・ニーダーライター、岩動洋二の両者に、蘭越町功労賞を贈呈。
3・1 町工業開発条例による企業誘致第1号として、小川白衣蘭越工場操業。
昭和49・4・1 ブルックソーイング株式会社として独立。
4・23 第5回チセヌプリサマーアルペン(大回転)競技大会。
5・16 北方領土復帰運動蘭越町推進協議会(会長小山田末通)設立される。
5・23 蘭越町ユネスコ子供会を結成。
6 蘭越市街入口(オリンピック花園)と蘭越小学校前の2か所に、交通信号機新設される。
7・29 函館市千代ヶ台球場で行われた、第1回全道少年野球大会道南地区代表決定戦において、蘭越小学校チームは、人見町スポーツ少年団(函館地区代表)と対戦、4X-3で勝って、全道大会への出場をきめる。
7・31 町内中学校の統合を推進するため、蘭越中学校統合協議会を設立。
7 昆布小学校にプール完成。
8・6 蘭越小学校において、第20回全後志連合PTA研究大会開催される。
8・8 日本武道館で開催された全国青少年銃剣道大会において、宮崎茂幸(大谷)が準優勝となる。
8 結婚相談所開設される。
9・2~3 姉妹都市「サールフェルデン市」の中学生の絵画・手芸を、町内小中学校に移動展示。
9・14 蘭越診療所(所長 高階日出男)、診療開始。
10・9 名駒地区生活改善センター竣工。
11・30 ○学校給食センターが完成し、3学期より町内小中学校の完全給食を実施。
○初田橋完成。

この年
◇水田の生産調整712ヘクタール。
◇蘭越食品株式会社(漬け物工場)操業開始。
昭和59年 閉 場
◇田植機の導入始まる。
このころ
◇温泉つき別荘ハイグレードヴィラ(湯里)分譲始まる。

昭和48(1973年)

3・23 旭台小学校閉校式。
4・1 ○蘭越町土地開発公社設立。
○羊蹄山ろく消防組合設立。
4・14 蘭越町郷土研究会を結成。
4・22 第6回チセヌプリサマーアルペン(大回転)競技大会。
6・24 後志管内農業協同組合による、米価貫徹後志農民大会、蘭越小学校体育館で行われる。
7・15 羊蹄山ろく消防組合(7町村)による初めての連合消防演習を蘭越中学校グランドで開催。
7・26 三和小中学校と港小学校にプール完成。
7・30 日墺修交100年を記念し、オーストリアの首都ウィーンで開催される記念式典への参加と姉妹都市サールフェルデン市の親善訪問のために、小山田竹男団長(蘭越高校教諭)以下5人の青少年が派遣される。(8・15まで)。
7恵庭アサノコンクリート株式会社蘭越工場(立川)操業開始。
平成4・7 字豊国18番地6に移転。
8・13~15 第2回全道少年野球大会(札幌市)に出場した蘭越チームは、準優勝となり濃紺の若鷲旗を持ち帰る。
10・10 尻別川沿いのサイクリングロード(自転車専用道)開通。

その年
◇水田の生産調整700ヘクタール。

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